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.長野県白馬村白馬五竜スキー場麓の小さなペンションです。立山黒部アルペンルート、上高地、美ヶ原、松本、長野へも便利です。
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車両たち

0系新幹線

旧国鉄キハ82系特急ディーゼルカー
実車は今の基準からすれば、非力な、しかし当時の標準だったDMH17 エンジン(180馬力) を先頭車と食堂車は動力用に一基、発電用に一基積み、そのほかの車両は動力用に二基積んでいました。全国の幹線〜亜幹線の特急として活躍した形式です。電車と違って非電化区間へも入っていけるため、一日かけて走破するような長距離列車を多く担当していました。
【白鳥】大阪<-->青森
【なは】大阪<-->西鹿児島
【日向】大阪<-->宮崎
【かもめ】京都<-->長崎・佐世保
【まつかぜ】大阪<-->博多(山陰本線経由)
【おおぞら】函館<-->東室蘭<-->札幌<-->滝川<-->富良野<-->帯広<-->釧路
【おおとり】函館<-->東室蘭<-->札幌<-->旭川<-->網走
【北海】函館<-->小樽<-->札幌<-->旭川
1960年から1968年ころにかけて製造され、90年前半まで現役で活躍していました。

10系一般型気動車キハユニ18とキハ17。同じく DMH17エンジンを一両に一基積んでいました。.

国鉄181系直流特急電車。実車は昭和33年に東海道本線にデビューした【こだま】型151系と、36年に上越線にデビューした【とき】型161系を改造統合する形で昭和39年に誕生。その後の新造車は昭和41年を最後に製造が打ち切られましたが、それらも含めて直流区間の特急運用をこなしました。
 先頭車のボンネットには、騒音の根源である空気圧縮機と電動発電機を客室から隔離して収納してあり、当時の「特別急行」がいかに「特別な」ものであったかがよくわかります。 連続した下り勾配を走る時に一定のスピードで制御するための抑速ブレーキが装備されており、東海道・山陽本線の他、山岳区間の上越線、中央本線、信越本線などにも進出。主電動機は、151/161系で用いられた出力100kw/h のMT46を出力アップして120kw/h としたMT54が装備され、歯車比は抵抗制御時代の国鉄特急型標準の3.50(77:22)となっていました。昭和47年頃には山陽本線から撤退し、すべて関東に集結して上越線【とき】、中央本線【あずさ】、信越本線【あさま】として活躍、昭和57年上越新幹線大宮暫定開業時まで残っていた最後のグループも、新幹線開業でその歴史に幕を閉じました。


国鉄165系直流急行電車。実車は東海道本線にデビューした【東海】型153系の出力増強型。181系と同じく、抑速ブレーキを装備しています。昭和38年から45年にかけて製造され、上越線【佐渡】【よねやま】、中央本線【アルプス】【こまがね】【かいじ】【きそ】、東北本線【なすの】などに活躍、碓氷峠を抱えていた信越本線には、機関車と協調運転できる169系が別途製造されました。歯車比は急行用の4.21(80:19)。平成15年(2003)まで現役で活躍し、引退。

国鉄457系交直両用急行電車。交流であろうが、直流であろうが、電化区間ならどこへでも入っていけた兵。
 東日本と西日本で周波数の異なる電気が供給されている日本において、このシリーズは、登場した昭和37年(1962)当時、両方の周波数の交流に対応できる整流子がまだ開発されていなかった為、それぞれの周波数用に別々に製作が始まった。直流と交流50Hz(東北以北)区間を走る451系、直流と交流60Hz(北陸や九州)区間を走る471系がそれ。451/471系も、電動機出力増強の時代に製造されたため、それぞれ出力アップの453/473系へ発展し、更に抑速ブレーキ付きの455/475系へ発展していった。昭和43年には50/60Hz両方の周波数の交流に対応できる整流子が交直両用特急電車に採用され、翌44年には、交直両用急行電車にも採用となり、両系列が統合されて457系となった。しかし、時はすでに急行から特急へ需要がシフトし始めていたため、457系は、登場した昭和44年と、45年にわずかが製造されたにとどまり、交直両用急行電車においては、最大両数を誇るのは、最も広範囲に動ける457系 ではなく、455/475系であった。
 特急では、往年の485系【白鳥】が、大阪<--直流-->永原<-60Hz交流->糸魚川<-直流->村上<-50Hz交流->青森という三電源すべてをまたいで走破した例があったが、457系には、その機会はついにめぐってこなかった。金沢や西鹿児島(現鹿児島中央)、仙台の車両基地には、少ないながらもまだ現役で活躍している車両がある。

形式
主電動機
歯車比
抑速ブレーキ
走行可能範囲
製造年
451
MT46(100kw)
4.21(80:19)
直流 - 50Hz 交流
1962
471
MT46(100kw)
4.21(80:19)
直流 - 60Hz 交流
1963
453
MT54(120kw)
4.21(80:19)
直流 - 50Hz 交流
1963-1964
473
MT54(120kw)
4.21(80:19)
直流 - 60Hz 交流
1965
455
MT54(120kw)
4.21(80:19)
直流 - 50Hz 交流
1965-1968
475
MT54(120kw)
4.21(80:19)
直流 - 60Hz 交流
1965-1968
457
MT54(120kw)
4.21(80:19)
電化区間ならどこでも。
1969-1970

ドイツ連邦鉄道DB (Deutshe Bundesbahn : German Railways )の 103型電気機関車。 巨大な曲線フォームの美しい機関車です。 最高時速200km/hで、T.E..E(ヨーロッパ国際特急)や、インターシティーを牽引していました。

スイス国鉄SBB (Swiss national railway)の Re4/4 電機機関車。'80年代くらいまでのスイス国鉄の車両は、意外に地味な色の塗装が多かったです。

スイスの誇る T.E.E (ヨーロッパ国際特急 ) ゴッタルドやシザルパンに使用された電車。ヨーロッパでは、電車と.機関車、客車の境界が、日本人の目から見るとあやふやで、これもいちおう「電車」といわれますが、電動車はパンタグラフのついている車両のみで、あとは附随車のようです。つまり編成の中ほどに機関車があって、あとは前後に客車がついている。。。というのが、日本人には解りやすい説明だと思います。

EF66. (JNR/JR) 実車は、重貨物を単機で牽引するために製造されたマンモスロコ。出力が、EF65の約1.5倍もある。当初は高速重貨物専用だったが、後にブルトレ牽引の任につき、現在に至っている。

EF65-1000 (JNR/JR) 実車は、重連総括制御をするために、貫通扉を設けられたEF65。0番台や500番台には、この貫通扉はない。

EF70 (JNR/JR) 実車は、北陸本線電化に際して量産されたロコ。生涯を通じて、敦賀機関区から離れることはなかったように思う。EF70は、交流専用機の為、この頃の、東海道本線と北陸本線にまたがって運転される列車は、米原と田村の間にあったデッドセクションを通過するのに、ディーゼル機関車に牽引されていた。たぶん、東の糸魚川の手前にあったデッドセクションでも、同様の事があったのだと想像する。
 
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